3 春は馬車に乗って
学習のポイント
小説は場面設定を素早くつかみましょう。次に会話や行動を手がかりに、登場人物の心理を的確におさえることを心がけましょう。この場面では、この夫婦の間にある微妙なずれがポイントです。
海浜の松が凩に鳴り始めた。庭の片隅で一叢の小さなダリヤが縮んでいった。
彼は1 妻の寝ている寝台の傍から、泉水の中の鈍い亀の姿を眺めていた。 亀が泳ぐと、水面から輝り返された明るい水影が、a カワいた石の上で揺れていた。
「まアね、あなた、あの松の葉がこの頃それは綺麗に光るのよ。」と妻は言った。
「お前は松の木を見ていたんだな。」
「ええ。」
「俺は亀を見ていたんだ。」
二人はまたそのままb ダマり出そうとした。
「お前はそこで長い間寝ていて、お前の感想は、たった松の葉が美しく光るということだけなのか。」
「ええ、だって、あたし、もう何も考えないことにしているの。」
「人間は何も考えないで寝ていられる筈がない。」
「そりゃ考えることは考えるわ。あたし早くよくなって、シャッシャッと井戸で洗濯がしたくってならないの。」
「洗濯がしたい?」
彼はこの2 意想外の妻の慾望に笑い出した。
「お前はおかしな奴だね。俺に長い間苦労をかけておいて、洗濯がしたいとは変わった奴だ。」
「でもあんなに丈夫なときがうらやましいの。あなたは不幸なかただわね。」
「うむ。」と彼は言った。
彼は妻を貰うまでの四、五年に渡る彼女の家庭との長いc ソウトウを考えた。それから妻と結婚してから、母と妻との間に挟まれた二年間の苦痛な時間を考えた。彼は母が死に、妻と二人になると、急に妻が胸の病気で寝て了ったこの一年間のd 艱難を思い出した。
「なるほど、俺ももう( )がしたくなった。」問1 傍線部a〜dのカタカナを漢字に直し、漢字は読み方を書きなさい。(本文中のカタカナをクリックすると答えが出ます)
問2 傍線部1「妻の寝ている寝台」とあるが、妻はなぜ寝ているのか、簡単に説明しなさい。正解
問3 傍線部2「意想外の慾望」とあるが、彼にとって何が意想外だったのか、簡単に説明しなさい。 正解
問4 空欄に適語を補いなさい。またそれをしたくなった彼の心情を簡単に説明しなさい。正解
問5 この小説の作者は横光利一である。横光と関連の深い語を次から選び記号で答えなさい。正解
ア 白樺派 イ 耽美派 ウ 新感覚派 エ 無頼派