18 枯野抄
学習のポイント
師匠の死という場面の中で、登場する弟子達がどのように通常とは異なる反応をしてしまっているかに注目しましょう。この作品は短編なので、できれば全文を読むとこの作品の持つ深刻さが理解できます。
芭蕉はさっき、痰喘にかすれた声で、( 1 )遺言をした後は、半ば目を見開いたまま、昏睡の状態にはいったらしい。うす痘痕のある顔は、顴骨ばかりあらわにやせ細って、しわに囲まれたくちびるにも、とうに血の気はなくなってしまった。ことに( 2 )のは、その目の色で、これはぼんやりした光を浮かべながら、まるで屋根の向こうにある、際限ない寒空でも望むように、いたずらに遠い所を見やっている。「旅に病んで夢は枯野をかけめぐる」−ことによるとこの時、この( 3 )視線のなかには、三、四日前に彼自身が、その辞世の句に詠じたとおり、茫々とした枯野の暮色が、一痕の月の光もなく、夢のように漂ってでもいたのかもしれない。
「水を」
木節はやがてこういって、静かに後ろにいる治郎兵衛をa カエリみた。一椀の水と一本の羽根楊子とは、既にこの老僕が、用意しておいたところである。彼はその二品を、おずおずと主人の枕元へ押し並べると、思い出したようにまた、口を早めて、専念に称名を唱え始めた。治郎兵衛のb ソボクな、山家育ちの心には、芭蕉にせよ、誰にもせよ、ひとしく彼岸へc オウジョウするのなら、ひとしくまた、弥陀のd ジヒにすがるべきはずだという、かたい信念が根をはっていたからであろう。
一方また木節は「水を」と言った刹那の間、はたして自分は医師として、万方を尽くしたろうかという、いつもの疑惑に遭遇したが、すぐにまた自ら励ますような心持ちになって、隣にいた其角の方をふりむきながら、無言のまま、ちょいと合図をした。芭蕉の床を囲んでいた一同の心に、いよいよという緊張した感じがとっさに閃いたのはこの時である。が、その緊張した感じと前後して、一種の( 4 )した感じが−いわば、来るべきものがついに来たという、安心に似た心持ちが、通りすぎたこともまた争われない。ただ、この安心に似た心持ちは、誰もその意識の存在を肯定しようとしなかったほど、微妙な性質のものであったからか、現にここにいる一同の中では、最も現実的な其角でさえ、折から顔を見合わせた木節と、際どく相手の目のうちに、同じ心持ちを読み合った時は、さすがにぎょっとせずにはいられなかったのであろう。彼は慌ただしく視線をわきへそらせると、さり気なく羽根楊子をとりあげて、
「では、お先へ」と、隣の去来にあいさつした。
問1 傍線部a〜dのカタカナを漢字に直しなさい。(本文中のカタカナをクリックすると答えが出ます)
問2 空欄1〜3に適切な語をそれぞれ次から選んで、記号で答えなさい。正解
ア いたましい イ おぼつかない ウ とりとめのない
問3 空欄4に「緊張」の対義語になる漢字二字の熟語を入れなさい。正解
問4 傍線部「同じ心持ち」を具体的に述べている部分を二十五字以内で文中から探し、最初の五字を答えなさい。正解
問5 この小説の作者は芥川龍之介である。次に挙げる小説の中から芥川の作品でないものを選び、記号で答えなさい。正解
ア 地獄変 イ 草枕 ウ 歯車 エ 河童 オ 戯作三昧