4.問題演習と解答

次の文章を読み、あとの問いに答えよ。

 「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日


 数知れぬ家庭での生活の場で、日常・実用の言葉として1.「この味がいいね」という発言は、毎日のように繰りかえされているにちがいない。そこで僕らの耳は、いったんその言葉に出会いながら、そのまま行きすぎさせてしまう。自分が呼吸していることを気にとめないでいるのと同様に。それが日常・実用の言葉の使われ方である。


 ところがそれを歌として読む際、僕らの心に「この味がいいね」という言葉はとどまる。この言葉は、横すべりするようにして僕らの意識の表面を通過してゆくかわりに、数秒間にしても、タテに沈みこむように、意識のなかへ入って来る。若い恋人たちがいる。ふたりの間でこのような言葉が発せられれば、それが忘れられなくてこの日を「サラダ記念日」と呼びたくなる。それはそうだろうと、この歌をつうじて「この味がいいね」という言葉は特別なものになる。


 僕が小説を書き進めながら――また、それを書きなおしながら――、自分の仕事を点検する手がかりとするのは、まず2.ひとつひとつの言葉のレヴェルを見ることである。この言葉は妥当か? より具体的で、さらに鋭い効果をあげる言葉はないか? 僕はそのように自分に問う。俳句や短歌の作り手が、限られた語数と、きまったリズムのなかで、言葉のいれかえ・みがきなおしに力をそそぐ。その仕方は、3.散文の書き手によっても学ばれねばならない。ひとつの言葉といっても、名詞や形容詞にとどまらない。助動詞、助詞のレヴェルにまで4.それはゆくはずのものだ。


 さきの俵万智の歌についていっても、ザックバランに日常・実用の言葉を発するように詠まれているこの歌で、「この味がいいね」か「この味はいいね」か、ひとつの格助詞の使いわけについてすらいかに工夫がはらわれているかを、散文の書き手は思ってみなければならない。さらには、わが国のまことに長い歌の歴史において、女性が男性のことを呼ぶ代名詞としての君という言葉が、ここでいかに新しく、それも自然に使われているかを考えてみなければならない。これもまた、決して自然発生的な成果ではないはずだから。


 小説を書きなおす作業は、5.自分のなかに批評家を――もうひとりの自分を、または身ぢかな他人を、といってもいいが――設定して、かれに眼の前の作品をたえまなく否定してもらいながら、あらためて6.自力でそれにこたえてゆくことである。それは漠然と考えてみるかぎり、いかにも憂鬱な仕事とうつるだろう。しかしさきに書いたものを、7.ひとつひとつの言葉のレヴェルで、またひとかたまりの文章のレヴェルで、さらには人物のレヴェル、主題のレヴェル、全体のレヴェルではどうかといちいち区分して検証してゆくことは、自分を励まして仕事にむかわせる効果的な手がかりとなる。

語注
*ザックバラン…思ったことをあけすけにさらけだすさま。



問一 傍線部4の指す内容として最も適当なものを、次から選べ。(5点)
 

 @ 鋭い効果  A ひとつの言葉  B 言葉のいれかえ  

 C 散文の書き方  D 俳句や短歌の作り方


問二 傍線部27の「レヴェル」の意味として最も適当なものを、それぞれ次から選べ。(各5点)
 @ 書きなおしの回数  A 必然性の度合い  B 印象の強さ  

 C 文学的な分類  D 観点上の段階


問三 傍線部3とあるが、なぜこのようにいうのか。その理由として最も適当なものを、次から選べ。(8点)


 @ 歌の良さを深く理解することができるから。


 A 韻文が散文に先行して成立したから。


 B 俵万智が素晴らしい歌人であるから。


 C よりよい文章にしなければならないから。


 D 散文も韻文も文学には変わりないから。


問四 傍線部5をいい換えた次の文の空欄に、適当な語を三字で入れよ。(7点)
 

 自分の文章を(      )すること。


問五 傍線部6とはどうすることか。本文の語句を用いて四十字以内で説明せよ。(10点)


問六 傍線部1は、歌の中に用いられることでどのように変化しているか。本文の語句を用いて三十字以内で説明せよ。(10点)

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