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平成11年度 早稲田大学 

政治経済学部 

世界史問題  解答

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[解答]

   A   1−ロ   2−ニ   3−イ    B  a 後漢   b 李斯   c 全真教   d 新青年

   A   1−ロ・ニ   2−ニ・ホ   3−イ・ホ   4−ロ・ハ   5−イ・ハ

   A   1−ホ   2−ヘ   3−ニ   4−ロ   5−ロ   6−ハ   7−ニ  

      B   1 シチリア島   2 イ 貴族政  ロ 民主政   3 アレクサンドリア   4 ヴェネディクトゥス

   A   1−ロ・ニ   2−ハ・ホ   3−イ・ロ   

     B   1 a ボシュエ b フィルマー   2 c 重金主義 d 貿易差額主義

         3 e 常備軍 f 官僚 g ジェントリ ( 郷紳 ) h 治安判事

   A   1−ロ・ホ   2−ハ・ホ   3−ロ・ホ   4−イ   5−ハ・ホ   6−ロ・ハ

     B   a アズハル学院   b ムハンマド=アリー   c バイロン   d ワッハーブ派

   A   1−ホ   2−イ   3−ホ   4−ニ   5−ニ   6−ニ

     B   a ヴィットリオ=エマヌエーレ2世   b 1866年   c 1919年   d シャーマン

         e クーリッジ   f ハイゼンベルク   g ネルー

[解説]

  A 1 五代は907〜960。陳朝は1225年成立。大越と称したのは1009年成立の李朝。

       2 a の張居正の改革は1578年。 b のマテオ=リッチの来航は1583年。 d の後金建国は1616年。

        c の鄭成功の台湾占拠は1661年。

      3 今日一の状況は1925年。 a の第1次国共合作は1924年。 b の上海クーデタは1927年。

        c の張作霖の爆草津殺事件は1928年。 d の中華ソヴィエト共和国成立は1931年。

    B a 「二十四史」とは『史記』に始まる紀伝体の正史。「第2番目」とは班固の漢書。

      b 焚書坑儒等の政策を進言したのは李斯。 c 全真教の開祖は王重陽。

      d 『狂人日記』は1918年に『新青年』に掲載された。

  A 1 永嘉の乱は匈奴が西晋を滅ぼした事件で316年。南北朝(439〜589)には入らない。

      2 バイバルスはマムルーク朝第5代のスルタン。   3 アクバルはヒンドゥー教徒との融和を図った。

      4 『四庫全書』の編纂は雍正帝による。    5 洪秀全が挙兵したのは広西省。 

  a はセネカ(BC4-AD65)、b はポリビオス(BC201-BC120)、c はマルクス=アウレリウス=アントニヌス(在位
    161-180)、d はアルキメデス(BC287-BC212)、e はトマス=アクィナス(1225-74)、f はアルクィン(735-804)、
    g はイブン=ルシュド(1126-98)、hはアンセルムス(1033-1109)である。

    A 1 d b a c の順になる。   2 f h g e の順になる。   3 バクトリア滅亡はBC2世紀。

      4 祖父とは大スキピオ。ハンニバルを破った戦いは、ザマの戦い。

      5 7自由科は、言語に関する3科目(文法・修辞学・論理学[弁証法とも呼ばれる])と、数に関連した
        4科(算術・幾何・音楽・天文学)とに区別される。

      6 イブン=ルシュドは12世紀の人で、ムワッヒド朝(1130-1269)に仕えている。

      7 アナーニ事件は、聖職者への課税をめぐる仏王フィリップ4世と教皇ボニファティウス8世の争い。

    B 1 アルキメデスはシチリア島生まれ。   2 イは貴族政、ロは民主政が入る。

      3 ムセイオンは、プトレマイオス朝の王立研究所で、講堂・図書室・宿坊などの施設があった。   

      4 ベネディクトゥスは、529年ここに移り、534年以降は『聖ベネディクトゥス会則』を執筆した。

  A 1 イ 三部会はフロンドの乱とは無関係。 ハ ナントの勅令廃止はユグノーの亡命により、フランス経
        済の衰退をまねいた。 ニ デュプレクスは軍事支出増大などを憂慮した本国政府に召還された。

      2 イ 非国教徒にはユダヤ教徒は含まない。 ロ 審査法は国王の行為を審査するものではない。
        ニ ジョージ1世の即位後直ちに首相となったのは、ハリファックス卿。

      3 ハ ユンカーの経済的基盤はエルベ川以東。 ニ ヨーゼフ2世の農民開放は不充分であった。
        ホ マリア=テレジアはポーランド分割には躊躇しており、主役とは言えない。

     B 1 a のボシュエは『世界史論』で王を神の地上における代行者とし、b のフィルマーは『パトリアーカ(家
            父長制論)』で王権を神授のものとした。

       2 c の重金主義は、金銀を確保しその流出を防ぐというもので、d の貿易差額主義は総括的バランス
        論に立つものである。

      3 e f は解説の必要なし。g は貴族とヨーマンの中間に位置し、無給で h の治安判事の職に就いた。

  A 1 ロ ヒクソスが滅ぼしたのは中王国。 ホ 神官文字はヒエラティック。

      2 ハ アッバース朝は後にシーア派を弾圧。 ホ アイユーブ朝はスンナ派。

      3 エジプト遠征は1798-99。 ロ イタリア遠征は1796-97。 ホ 総裁政府樹立は1795。

      4 第1次エジプト-トルコ戦争 エジプト(+英・仏・墺)VSトルコ(+露)

        第2次エジプト-トルコ戦争 エジプト(+仏)VSトルコ(+英・露・普・墺)  イのフランスが該当する。

      5 河会社株買収は1875年。 ハ 第2次ディズレーリ内閣は1874-80。 ホ インド大反乱は1857-59。

      6 フランス委任統治領は、ロのレバノンとハのシリア。

    B a アズハル学院は10世紀後半に、古いモスクとマドラサが母体となって創設された。

      b ムハンマド=アリーはマケドニア生まれのアルバニア系軍人。オスマン帝国の傭兵隊長から1805年
        にエジプト総督となり、エジプトの近代化につとめた。

      c バイロンはイギリスの詩人。ギリシア独立運動に参加し、1924年マラリアのためミソロンギで死亡。

      d アラビアのネジド地方におこったのがワッハーブ派。原始イスラム復帰と極端な禁欲主義を説き、サ
        ウード家の保護を受けた。

  A 1 19世紀の両シチリア王国とは、ナポレオン没落後のブルボン家の復位(1816)からガリバルディーに
        よる占領(1860)まで。ホの普仏戦争(1870-71)はあてはまらない。

      2 プロンビエール密約は、サヴォイア・ニースの割譲を条件にカヴールがフランスに対オーストリア戦援
        助を求めて締結したもの。

      3 イのオレゴンは英より1846、ロのアラスカは露より1867、ハのフロリダは西より1819、ニのテキサス
        は 墨より1836に独立し1845に合衆国加盟、ホのルイジアナは仏より1803に買収。

      4 ルーマニアの参戦は1916年。

      5 バルフォアは英外相。バルフォア宣言は、ユダヤ系銀行家でシオニスト連盟会長のロスチャイルド卿
        あての書簡で表明された。

      6 ECの発足は1967年。

    B  a 略。  b ヴェネツィアは、イタリア王国が普墺戦争におい普側で参戦したことにより1866年に併合。

      c イタリアが第1次世界大戦に連合国側で参戦したことにより、「未回収のイタリア」は伊領となる。
      
      d 反トラスト法としては、1890年のシャーマン反トラスト法と1914年のクレイトン反トラスト法が重要。
      
      e 1924年の移民法が、日本人移民の全面禁止を規定する排日条項を含むものであった。

      f ハイゼンベルク(1901-76)は量子力学の創始者で、アインシュタイン以後の代表的物理学者。

      g 1961年のベオグラードの非同盟諸国首脳会議は、ティトー、ナセル、ネルーらが提唱し、25カ国が正
        式参加した。

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