争 臣 論 ・ 口語訳

 ある人が言うには、「陽子は名声を求めなかったのに人々は名声を耳にした。(役人として)登用されることを求めなかったのに王は彼を登用した。やむを得ず仕官したが、自分の生き方を守って変えなかった。(それなのに)どうしてあなたはひどく彼を非難するのか」、と。(私)愈が言うには、「昔から聖人や賢者は、皆名声を得たり仕官を求めようという考えを持っていなかった。その時代が平和でなく人々が治まっていないのを哀れに思い、自分で正しい道を身につけて、強いて自分だけを善くしようとは思わず、必ず天下を一緒に救おうとしたのである。勤め励んで、死んで初めて人々を救うことをやめたのである。だから、夏の禹王は自分の家の門前を通っても中に入らなかった。孔子の敷物は暖まる暇もなかった。墨子の煙突は、煤で黒くなる暇もなかった。この二人の聖人と一人の賢者は、どうして自分がのんびりと暮らすことが楽しみだと知らないことがあろうか。心から天命を恐れ慎み、人民の苦しみを悲しんだのである。そもそも、天が人に賢聖の才能を授けるのに、どうしてその人に余りあるほど持たせるのだろうか、それによって困窮した人々を援助しようとするためである。耳や目の身体における関係は、耳は聞くことを受け持ち、目は見ることを受け持つ。(耳で)正しいか誤りかを聞き分け、(目で)危険か安全かを見分けて、その後身体が安らかでいられるのである。聖人賢者は、その時代の人民の耳や目である。その時代の人民は、聖人賢者の身体である。さて、陽子が賢者でないならば、賢者の部下となって主君のために仕えようとするはずだ。もし本当に賢者であれば、当然天命を恐れ慎んで人民の苦しみを悲しむだろう。どうして自分でのんびりと楽しんでいる余裕があろうか。

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