村上春樹「ノルウエイの森」
左の文章は村上春樹の『ノルウェイの森』の一部です。主人公の「僕」に向かって、「レイ コさん」がある女の子 にピアノを教えた体験を語ります。これを読んで、後の問いに答 えなさい。
「私は自分自身に対してよりは他人に対する方がずっと我慢づよいし、自分自身に対するよりは他人 に対する方が物事の良い面を引きだしやすいの。私はそういうタィプの人間なのよ。マッチ箱のわきに ついているザラザラしたやつみたいな存在なのよ、要するに。でもいいのよ、それでべつに。そういう の私とくに嫌なわけじゃないもの。私、@二流のマッチ捧よりは一流のマッチ箱の方が好きよ。はっき りとそう思うようになったのは、そうね、その女の子を教えるようになってからね。それまでもっと若 い頃にアルバイトで何人か教えたことあるけど、そのときはべっにそんなこと思わなかったわ。その子 を教えてはじめてAそう思ったの。あれ、私はこんなに人に物を教えるのが得意だったっけってね。そ れくらいレッスンはうまくいったの。 昨日も言ったようにテクニックと言う点ではその子のピアノはたいしたことないし、音楽の専門家に なろうっていうんでもないし、私としても余計のんびりやれたわけよ。それに彼女の通っていた学校は まずまずの成績をとっていれば大学までエスカレーター式に上っていける女子校で、それほどがっがっ 勉強する必要もなかったからお母さんの方だって『のんびりとおけいこ事でもして』ってなものよ。だ から私もその子にああしろこうしろって押しつけなかったわ。押しつけられるのは嫌な子なんだなって 最初会ったときに思ったから。口では愛想良くは−いはいって言うけれど、絶対に自分のやりたいことし かやらない子なのよ。だからね、まずその子に自分の好きなように弾かせるの。百バーセソト好きなよ うに。次に私がその同じ曲をいろんなやり方で弾いてみせるの。そして二人でどの弾き方が良いだとか 好きだとか討論するの。それからその子にもう一度弾かせるの。すると前より演奏が数段良くなってる のよ。(A)
レイコさんは一息ついて煙草め火先を眺めた。僕は黙って葡萄を食べりつづけていた。 「私もかなり音楽的な勘はある方だとは思うけれど、その子は私以上だったわね。借しいなあと思っ たわよ。小さい頃から良い先生についてきちんとした訓練受けてたら良いところまでいってたのになあ ってね。でもそれは違うのよ。結局のところその子はきちんとした訓練に耐えることができない子なの よ。世の中にはそういう人っているのよ。素晴しい才能に恵まれながら、それを体系化するための努力 ができないで、才能を細かくまきちらして終ってしまう人たちがね。私も何人かそういう人たちを見て きたわ。最初はとにかくもう凄いって思うの。たとえばものすごい難曲を楽譜の初見でバァーと弾いち ゃう人がいるわけよ。それもけっこううまくね。見てる方は圧倒されちゃうわよね。私なんかとてもと てもかなわないってね。でもそれだけなのよ。彼らはそこから先には行けないわけ。何故行けないか?行く努カをしないからよ。努力する訓練を叩きこまれていないからよ。スポイルされているのね。下手 に才能があって小さい頃から努カしなくてもけっこう上手くやれてみんなが凄い凄いって賞めてくれる ものだから、努力なんてものが下らなく見えちゃうのね。他の子が三週間かかる曲を半分で仕上げちゃ うでしょ、すると先生の方もこの子はできるからって次に行かせちゃう。それもまた人の半分の時間で 仕上げちゃう。また次に行く。そして叩かれるということを知らないまま、B人間形成に必要なある要 素をおっことしていってしまうの。これは悲劇よね。まあ私にもいくぶんそういうところはあったんだ けれど、幸いなことに私の先生はずいぶん厳しい人だったから、まだこの程度ですんでるのよ。
でもね、その子にレッスンするのは楽しかったわよ。高性能のスポーツ・カーに乗って高速道路を走 っているようなもんでね、ちょっと指を動かすだけでピッピッと素速く反応するのよ。いささか素速す ぎるという場合があるにせよね。そういう子を教えるときのコッはまず賞めすぎないことよね。小さい 頃から賞められ馴れてるから、いくら賞められたってまたかと思うだけなのよ。ときどき上手な賞め方 をすればそれでいいのよ。それから物事を押しっけないこと。自分に選ばせること。先に先にと行かせ ないで立ちどまって考えさせること。それだけ。そうすればC結構うまく行くのよ」
問1「二流のマッチ棒」とは、どんな人のことですか。
二流ですからスターにはなれません。
問4「人間形成に必要なある要素」それは「音楽家」にとってどのような「要素」か。
どんな人でも、上手くなるためには練習が必要です。
解答は授業で実施します。(まとめ)
レイコがある女の子にピアノをおしえたたいけんをかたった。自分は他人に対する方が我慢強く、教えるのが得意であることに気づいた。世の中には才能に恵まれながら、人間形成に必要な努力が出来ず、才能を生かせず終わる人がいる。そういう子を教えるときは、物事を押しつけず、自分で選ばせることが大切。
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今江祥智「優しさごっこ」
次の文章は、今江祥智「優しさごっこ」の一節である。読んであとの問いに答えよ。
玄関に入るとすぐに、おかえりなさい。 の二重唱がとんできた。はずんだあかりの声に、何かあったな、ととうさんは察しのいいところをみせ た。 案の定、あかりがめずらしく「おねだり」する目にたって出迎えた。ね、おとうさん、どんなことで もきいてくれる?いいとも…。とうさんは答えた。幼いころからずっと、あかりはびっくりするよ うな無理はいわなかった。自分の子どものころとくらべて、ねだり足りないほどだった。ましてや、い まのこうした暮しのなかでは、たいていのことはきいてやるつもりで、いつもいた。それでも着るもの がせいぜいのおねだりで、とうさんはときおり物足りなかつた。 ーあのね、あのね…。 あかりは言いだしにくそうにことばを重ねた。− なんじゃらホイ。 とうさんがおどけた。それにつられたようにあかりが思いきってたのんだのは、犬を飼いたいという ことだった。いいとも、友だちがわりになるし、番犬にもなるし、残飯整理にもなるしと利点を数 えあげると、あかりが散歩につれていかなあかんし、毛エは散るし、夜泣きはやかましいし、大丈 夫やろか、と欠点をあげて先まわりした。
夜泣きイ?
−ん。まだ小さいのン。
ははあ、仔犬か。
ん。小さいうちから育ててしつけた方がええと仲井さんがいうもン。
番犬にはならんな。
ん。それなら少々お時間がかかりまアす。
あかりは機嫌よくおどけた。
いいよ
とうさんはあっさり承知した。で、どんな犬なんや?どこで買うのンや? それが、雑種、もちろん「(A)純粋の雑種」というのソで拾うてきン。
拾うてきた?だれが。
仲井さん。
ふうむ。とうさんは腕組みした。それを待っていたように、台所から仲井さんが顔をだした。エプロン に仔犬を包みもっていた。
苦しゆうない、オモテをあげイ。
とうさんはまたおどげた。
毛の長いおどおどした目の仔犬だった。かわった雑種らしいな。足がしっかりしていて太いから、大 きくなるみたいやなあ−。
注・主人公の「あかり」は父親が離婚したので、仲井さんに手伝ってもらいながら、父と二人で暮している。
問1(A)「純粋な雑種」という言い方に、あかりのどんな思いが現れているか。
あかりの境遇を子犬とかさねている。
問3「あかり」はどんな人柄の子供だと思うか。
今まで父親が困るようなお願いはしていないのです。
(まとめ)
あかりは幼いころからびっくりするようなおねだりは言わなかった。そのあかりが犬を飼いたいという。賛成するお手伝いさんが子犬を連れている。拾ってきたのだ。毛の長いおどおどした眼の子犬だ。
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吉行淳之介「焔の中」
次の文章は小説『焔の中』の一節である。これを読んで、後の問に答えなさい。
昭和十九年の初春に徴兵検査を受けた僕ならぴに友人たちは、翌年の春までのほぽ一ヵ年のうちに次々と入営の令状を受け取った。令状を受け取る時期は、全く予測できなかった。一時間後に舞い込むかもしれないし、あるいは一ヵ年後まで学生生活を続けられるかもしれない。僕たちの大部分は、令状が届くのが一日でも遅いことを願っていた。といって、学生生活が楽しかったわけでもない。飲酒退校、喫煙停学、という校則がことごとしく設 けられていたし、一挙手一投足が監視され口喧しく指図されていた。そうなると、一つ一つ僕たちは相 手が嵌め込もうとする枠からはみ出した行動をしたくなってしまう。そして、その結果として不愉快な 苛立たしい気分に陥ることになるのだ。そういう気持ちを、毎日繰り返しているのが、僕たちの仲間の学生生活だった。しかし、それは一つには反抗する余地があるから、そういうことにもなるのである。反抗すれば死刑、 という動かぬ規則があれぱ、事情は余程違ってくる筈だ。なまじ僅かなが。ら自由のようなものが残されているから、かえって煩わしいことになってしまうのだ、と、(1)「これで、かえってサツパリしたよ」 と入営令状を手にして言う友人も、稀にはあった。一種、自暴自棄の状態ということができよう。僕に令状が届いたのは、八月中旬だった。九月一日に0市の連隊に入営せよ、という通知である。友人たちの一人も、同じ日に別の連隊に入営することになった。 その友人は僕に生年月日を訊ね一そして言った。「それじゃ、君の方が三カ月だけ早く生まれたことになるな。三ヵ月だけトクをしたわけだ」 その言葉には、冗談めかした調子はすこしも混じっていない。トクをした筈の三ヵ月間は、僕のそれまでの人生のなかに紛れ込んで、実感として迫ってこないが、(2)友人がそう言う気持ちはよく分かった。0市へ向かって出発する時には、友人たちは駅まで見送ってくれた。。僕を乗せた汽車が遠ざかって行けば、それっきり僕と友人たちと会う日は来ない筈なのだ。なにしろ、僕は甲種合格の現役兵として入営するのである。特殊な部隊へ入れられて、危険な戦線へ向けられることは、確実といってよい。友人たちは、借しみなく別離の情をそそいでくれた。
果たして、僕の所属した歩兵部隊は「突部隊」という名称で、数カ月の猛訓練ののち現地へ派遺されるという話であった。「部隊の名称によっても想像できるだろうが、おまえたちは生命は無いものと考えて、国のため天皇陛下のために粉骨砕身して働くように」というのが、入営当日の訓辞の趣旨なのである。 隊長は、学徒出身の若い少尉であった。日焼けした皮膚は凛々しい浅黒さなのだが、大きな眼の中に軍人になり切れない風情が仄見えて、テキパキした感じと物分かりのよさそうな感じと二つながら持っ ていた。僕はその隊長の風貌に、なんとなく安堵の気分を覚え、そして好感を持った。 隊長にくらべて班長の伍長は、唇が薄く瞳の素早く動く商人風の小男だった。一見して、嫌悪の気持ちが起こっ。た。この班長にいじめられて、隊長にかばわれる、すると一層班長がいじめることになる、たちまち そんな予感に僕は捉えられた。何といっても、兵隊にとって班長の方が接触する機会が多いのだから…・、と、はやくも僕は、内務班の生活において自分の置かれる位置が甚だ具合の悪いところに定まってしまった気持ちになった。
(3)「班長どのツ、脚絆を取らせていただきますツ」
と叫んで、班長の脚に飛びっく兵隊はどの男だろうか、と僕はあたりを見廻してみる。その男をはげしく嫌悪することになるだろう、と考える。僕自身は、そう叫ばないことは確実だ。班長に対しての好悪はこの際無関係である。そういう姿勢を取ることが、僕にはできないからだ。自尊心が素朴なかたちのまま、保存されていたのである。その予感は、しだいに現実の事柄によって裏づげられはじめた。一つには、予感が僕自身の行動を知らず知らずのうちに支配している面もあったものとおもわれる。入営第一日は、身体倹査や被服の整理などで過ぎて行く。まず、星の一つも付いていない赤い小さな布を、カーキ色の服の襟に縫いつけなくてはならない。 隊長は部屋の中央に持ち出した椅子に坐って、新兵を一人一人呼び寄せると、身上調査の質問をはじめ。た。こんな会話が聞こえてくる。「何か運動をやったことがあるか」「ハイツ、相僕をやりました」「なにい、おまえは相僕取りだったのか」「いえ違います。学生でありました」 質問に含まれた意地悪な調子と、その質問を冗談として受け止めている(A)調子とが喰い違ったの で、僕は顔を上げてその方を見た。眼鏡をかけた大きな男の躯が、ちょっとしなをっくっているように見えた。僕の入った隊には、学生は三人しかいない。その男と僕とが高校生で、あとの一人が大学生である。 眼鏡の男は、隊長の前へ立つまでは、(4)背骨を反らせ、おとがいをすこし前へ突き出すような姿勢で新兵たちの群れの中に混じっていたのだが、いまはにわかに骨が軟らかくなったようにみえる。班長の脚に飛びついてゲートルを取ろうとする兵隊は、あの男かもしれないな、と僕は感じた。
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ここから予習です。
問1(1)「これで、かえってサッパリしたよ」とあるが、なぜ、「サッパリ」したことになるのか。
なぜさっぱりしのか。原因は召集令状がきたこと。
問3(3)「班長どのッ、脚絆を取らせていただきます」どのような気持ちでそのような言動をするのか。
軍隊で一番怖いのは班長といわれている。
解答は授業で実施します。
(まとめ)
僕たちはいつ召集令状が来るかを気にしながら、毎日の生活を送っていた。ついに令状が届いた。僕の所属した「突部隊」の隊長は軍人になり切れていないような、人物であった。一日目の入隊検査は身体検査や被服の整理で終わった。しかし、早速、上官に気に入られようとする男が現れた。
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