干支(えと)のお話

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 漢字の「干支」は「幹と枝」という意味で、十干・十二支を組み合わせたものです。十干は五行説から出たもので、「木・火・土・金・水」の五つでこの世の成り立ちを考えるものです。それぞれに方角と季節が割り当てられ、四方を守る動物が配置されます。

木・東・春・青(青龍)
火・南・夏・朱(朱雀・すざく)
土・中・土用・黄(なし)
金・西・秋・白(白虎)
水・北・冬・玄(玄武)

 最後のは黒です。「玄武」は亀ですが、頭と尾はヘビのように長い動物です(このページの背景で使っているのがそうです)。「玄武岩」という石がありますが、色や模様がこの動物を連想させるので付いた名前です。
 だけが別扱いになっていますね。古代の星占い等は木星、火星、金星、水星と、土星の代わりに地球を入れた五つの星の位置関係から吉兆を占ったものだそうです。それから考えると「土」は地球、人間のいる所を指すと思えば納得が行きます。そうなると、五行は太陽系の星が外側から順番通りに並んでいることになりますね。古代の人は知っていたのでしょうか?
  人間の年齢を四季にたとえて、五行の色と組み合わせて表現することがあります。最初の「青春」は今でもよく使っています。それから「朱夏」「白秋」「玄冬」となります。北原白秋というペンネームはここから取られたのです。
  五行でのお話が長くなってしまいました。干支に戻りましょう。「えと」という言葉は、「幹と枝」の他にもう一つ「兄弟」という意味があるのです。古代の人名で「兄」を「え」と読む例が出て来ます。五行にそれぞれの兄・弟を配置して次の十干が出来ます。

甲(こう・きのえ)
乙(おつ・きのと)
丙(へい・ひのえ)
丁(てい・ひのと)
戊(ぼ・つちのえ)
己(き・つちのと)
庚(こう・かのえ)
辛(しん・かのと)
壬(じん・みずのえ)
葵(き・みずのと)

  これと十二支を順番に組み合わせ1年ずつを受け持たせるのです。最初は甲子(きのえね)ですね。松尾芭蕉はこの年に旅をし、「甲子吟行(かっしぎんこう)」を書きましたし、野球場の「甲子園」が出来たのがこの年だったことが分かります。歴史では、その事件の起こった干支で、「壬申の乱」「戊辰戦争」等と表現することがあります。
  これらは順番に組み合わせるので、全部で60通りです。61年目には最初の干支に戻ります。暦が自分の生まれた干支にかえってくるので「還暦」といいます。現在の年齢では60歳、昔は生まれた時が1歳ですので61歳を指します。

  十二支の担当を決めるのに動物達に競走させたという伝説があります。ネズミにだまされたネコが選外になって、ネズミを追いかけるようになったり、犬と猿が喧嘩をして「犬猿の仲」と呼ばれるようになったというこじつけの話がついています。それによれば、次点の13位になったのは「蛙(かえる)」だそうです。
  3番目に入った寅(とら)は五行にも出てきたので分かる通り、現在の虎ではなく白虎という架空の動物です。青龍と対になり「竜虎」と呼ばれます。
 丑寅(北東)の方角を「鬼門(きもん)」といって、魔物が来る方角だといわれます。鬼は牛の角を生やして、虎の皮のふんどしを締めていますが、十二支から来ているのです。旅立ち等にこの方角は嫌われました。時刻でも「丑」の後「草木も眠る丑三つ時」です。守り神である虎(寅)と龍(辰)が直後に来ているのもそうした意味から来ているのです。ここに対抗する方角は、西を中心にした三つで、「申(さる)」「酉(とり)」「戌(いぬ)」に当たります。鬼退治に行った桃太郎が、お供に三匹を連れていった理由はお分かりですね。鬼に対抗する方角なのです。

  時刻を数字で表わす方法も紹介しましたが、落語に「時蕎麦(ときそば)」というはなしがあります。
  売り歩きのそば屋の客が16文の勘定を払うのに、「銭が細かいから手を出しな。いいか、ひい、ふう、みい、よう、いつ、むう、なな、やあ……今何時(なんどき)だい」「へえ、九つで」「とお、11、12、13、14、15、16。あばよ」っと帰ってしまいます。これを見ていた男、しばらく考えて1文ごまかしていることに気づいて真似をしようと思い、翌日暮れ方からそば屋を探し、ようやくそば屋をつかまえて、「銭が細かいから手を出しな。いいか、ひい、ふう、みい、よう、いつ、むう、なな、やあ……今何時だい」「へえ、四つで」「四つ!?……五つ、六つ、七つ……」
 時刻の表わし方が代わった現在でも演じられていますが、成功した最初の男は九つというから真夜中の0時、失敗した後の男は四つですから午後10時頃になります。この時刻は厳密なものでなく、2時間を指すのですから、後の男はわずかな差で失敗に終わったのかも知れません。それにしても、暮れ方からそば屋を探していますね。日が暮れるのは暮れ六つですから、彼はそば屋を捜して4時間ほどうろついていたことになります。哀れなお話ですね。

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