南院の競射・口語訳  a-yumiya.gif (22869 バイト)

 帥殿の、南院にて、人々集めて弓あそばししに、この殿渡らせたまへれば、思ひかけずあやしと、中の関白殿思し驚きて、いみじう饗応しまうさせたまうて、下臈におはしませど、前に立てたてまつりて、まづ射させたてまつらせたまひけるに、帥殿、矢数いま二つ劣りたまひぬ。
 
中の関白殿、また御前にさぶらふ人々も、「いま二度延べさせたまへ。」と申して、延べさせたまひけるを、やすからずおぼしなりて、「さらば、延べさせたまへ。」と仰せられて、また射させたまふとて、仰せらるるやう、「道長が家より帝・后立ちたまふべきものならば、この矢あたれ。」と仰せらるるに、同じものを中心にはあたるものかは。次に、帥殿射たまふに、いみじう臆したまひて、御手もわななく故にや、的のあたりにだに近く寄らず、無辺世界を射たまへるに、関白殿、色青くなりぬ。
 また
入道殿射たまふとて、「摂政・関白すべきものならば、この矢あたれ。」と仰せらるるに、はじめの同じやうに、的の破るばかり、同じところに射させたまひつ。饗応し、もてはやしきこえさせたまひつる興もさめて、こと苦うなりぬ。父大臣帥殿に、「なにか射る。な射そ、な射そ。」と制したまひて、ことさめにけり。

 帥殿が、南院で、人々を集めて弓の会をなさった折に、この殿(道長)がお出ましになったので、思いもよらない不思議な事だと、中の関白殿はお思いになり驚いて、たいそうおもてなし申し上げなさって、(道長帥殿よりも)低い身分でいらっしゃったが、前に立て申し上げて、先に射させ申し上げなさったところ、帥殿は、矢数であと二つだけ(道長よりも)劣っていらっしゃった。
 中の関白殿、また御前にお仕えしている人々も、「後二度だけ延長なさりなさい。」と申し上げて、延長させなさったのを、(道長は)心やすからずお思いになって、「それならば、延長なさい。」と仰って、また射なさろうとして、仰っしゃるには、「道長の家から帝・后がお立ちになるはずならば、この矢当たれ。」と仰っしゃったところ、同じ当たるにしても、何とまあ真ん中に当たったことですよ。次に、帥殿が射なさるのに、たいそう気後れなさって、手も震えるためでしょうか、的の近くにさえ寄らず、とんでもない方向違いをお射になったので、関白殿、顔色が青くなってしまった。
 また入道殿が射なさるのに、「(私が)摂政・関白するはずのものならば、この矢当たれ。」と仰っしゃところ、初めの矢と同じように、的が破れると思われるほど、同じところに射さなさった。ご馳走までして、もてはやし申し上げなさったことも興ざめとなって、気まずくなってしまった。父である大臣は、帥殿に、「なぜ射るか。射るな、射るな。」とお制しになって、座がしらけてしまった。

 道長(入道殿)伊周(帥殿)は次世代の政権を争うライバルです。その力の差が歴然と出てしまう話で、伊周(中の関白殿)や周囲の支援を得ても道長に及ばない結果に終わり、後の政権争いの結果が見えているのです。
 二人の年齢や地位から、実話ではなく創作であろうといわれています。

 

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