鴻 門 之 会 ・口語訳

沛公旦日従百余騎、来見項王、至鴻門、謝曰、  沛公はその朝百騎余りを従えて、項王に会見しようと、鴻門へ来て、陳謝して言った。
@「臣与将軍戮力而攻秦。将軍戦河北、臣戦河南。 「私は将軍と力を合わせて蓁を攻めました。将軍は川の北で戦い、私は川の南で戦いました。
A然不自意、能先入関破秦、得復見将軍於此。 しかし、自分でも思いもよりませんでした、私の方が先に関に入って秦を破ることが出来、またこうして将軍にお目にかかれようとは。
B今者有小人之言、令将軍与臣有郤。」 今とるに足らぬ者の言葉があり、将軍と私を仲違いさせようとしています。」
C項王曰、「此沛公左司馬曹無傷言之。不然、籍何以至此。」 項王は、「今回のことは、沛公(あなた)の左司馬である曹無傷が言ったこと。そうでなければどうしてわざわざ私がここまで出向くだろうか。」と言った。

 沛公は三つの点を述べています。(数字は上の本文の番号です。)
 @ まず項王を「将軍」、自分を「臣」と呼んで、私はあなたの家来であるという立場を明確に示しています。その上で、自分達は共に戦った仲間であることを確認します。
 A 続いて自分が先に都に入って秦を破ったのを偶然であると強調します。
 B 項王をないがしろにして自分が王になろうとしているのは、取るに足らぬ者の諫言で、聞く価値はないものだと強調しているのです。
 これに対して項王がCで反論しているのはBだけで、もう沛公に対する怒りは静まっているものと伺えます。ですから、更なる追求はせずに次の@の通り、酒宴になるのです。

@ 項王即日、因留沛公与飲。  項王はその日、沛公を引き留めて酒宴を開いた。
A項王・項伯東○坐、亜父南○坐。亜父者范増也。沛公北○坐、張良西○侍。 項王・項伯は東を向いて座り、亜父は南を向いて坐った。亜父というのは范増のことである。沛公は北を向いて座り、張良は西を向いて座った。
B 范増数目項王挙所佩玉○、以示之者三。項王黙然不応。  范増はたびたび項王に目配せをして持っていた玉を上げ、項王に示すことが三度あった。項王は黙って応じなかった。
C范増起出、召項荘謂曰、「君王為人不忍。若入前為寿。寿畢、請以剣舞、因撃沛公於坐殺之。不者、若属皆且為所虜。」
范増はその場を立って表へ出ると、項荘を呼んで、「我が王は人柄としてむごいことが出来ない。お前が席に入って(沛公に)長寿を祈る挨拶をしろ。それが終わったら剣舞を願い出て、それにこと寄せて沛公をその座席で撃って殺せ。そうしなければ、お前の一族は残らず(沛公に)捕虜にされてしまうだろう。」と告げた。
 荘則入為寿。寿畢曰、「君王与沛公飲。軍中無以為楽。請以剣舞。」項王曰、「諾。」  荘は酒宴の席に入り長寿を祈る挨拶をした。それが終わると、「我が王が沛公と共に酒を飲んでいる。軍中のこととて楽しみもない。剣舞をお許し願いたい。」と言った。項王は、「よろしい。」と言った。
D項荘抜剣起舞。項伯亦抜剣起舞、常以身翼蔽沛公。荘不得撃。 項荘は剣を抜いて舞った。項伯もまた剣を抜いて舞い、常に自分の身で沛公をかばった。荘は撃つことが出来なかった。

 ここではまずAの文から人々の位置関係を図に描いてみて下さい。Bで范増は項王沛公を殺すよう求めますが項王がうなずきません。そこでCで項荘に命じて沛公殺害を指令するのです。Dは一見優雅で、実は緊張にあふれた剣舞の場面です。項伯は項荘の目的を察知して沛公を守ろうとしているのです。

 於是張良至軍門見樊。樊○曰、「今日之事何如。」  張良は軍門に行き樊会に会った。樊は、「今日の様子はどうですか。」と尋ねた。
良曰、「甚急。今者項荘抜剣舞。其意常在沛公也。」 良は、「甚だ急を告げている。今項荘が剣を抜いて舞っている。その心は常に沛公を殺すことにある。」と言った。
○曰、「此迫矣。臣請、入与之同命。」 ○は、「これは危機が迫っている。私も入って(沛公と)運命を共にさせてくれ。」と言った。
○即帯剣擁盾入軍門。交戟之衛士、欲止不内。 ○はすぐに剣を持ち、盾を装備して軍門に入った。門番の衛士はこれを止めて入れないようにした。
樊○側其盾、以撞衛士仆地。 樊○はその盾で、衛士を地に押し倒した。
○遂入、披帷西○立、瞋目視項王。 ○は中へ入り、西に向かって立ち、目をいからして項王を見た。
頭髪上指、目眦尽裂。 頭髪は怒りに天を突き、目は避けんばかりに見開かれていた。

 沛公の危機に樊○が乱入しました。最後の部分は漢文らしい誇張表現ですね。

 項王按剣而○曰、「客何為者。」張良曰、「沛公之参乗樊○者也。」  項王は剣を引き寄せて、「お前は何者か。」と尋ねた。張良は、「沛公の参乗である樊○という者だ。」と言った。
項王曰、「壮士。賜之卮酒。」則与斗卮酒。○拝謝起、立而飲之。 項王は、「優れた武士である。酒を与えよ。」と言った。酒が出された。○は挨拶をして、立ったままこれを飲み干した。
項王曰、「賜之○肩。」則与一生○肩。樊○覆其盾於地、加○肩上、抜剣切而啗之。 項王は、「○肩の肉を与えよ。」と言った。○肩の肉が与えられた。樊○は盾を地に伏せて、その上に肉を乗せ、剣を抜いて肉を切って食った。
 項王曰、「壮士。能復飲乎。」樊○曰、「臣死且不避。卮酒安足辞。  項王は、「優れた武士である。もう一杯飲めるか。」と言った。樊○は言った。「私は死んでも逃げない。酒くらいどうして断ることがあろうか。
夫秦王有虎狼之心。殺人如不能挙、刑人如恐不勝。天下皆○之。 秦王には虎狼の心があった。人を殺すことは数え切れない程であり、人を処刑した数も知れない。天下の人々は皆これを恐れた。
懐王与諸将約曰、『先破秦入咸陽者、王之。』 懐王が諸将に約束して、『最初に秦を破って咸陽に入った者は、これを王とする。』と言った。
今沛公先破秦入咸陽毫毛不敢有所近。封閉宮室、還軍覇上、以待大王来。 さて沛公が先に秦を破って咸陽に入ったが、少しもその利益を自分のものにしなかった。宮室を封鎖し、軍を覇上に返し、大王のお来しを待った。
故遣将守関者、備他盗出入与非常也。 将を使わして関所を守ったのは、泥棒などの非常な場合に備えてである。
労苦而功高如此。未有封侯之賞。 労苦が多く功績の高かったことは、この通りである。それなのにまだ封侯の賞が与えられていない。
而聴細説、欲誅有功之人。此亡秦之続耳。窃為大王不取也。」 (それどころか)取るに足らぬ説を聞いて、功績のある人を殺そうとしている。これではなき秦と同じことになるだけだ。大王にとって、取らない方が賢明かと思います。」と。
 項王未有以応。曰、「坐。」樊○従良坐。坐須○、沛公起如厠、因招樊○出。  項羽は答えることが出来ず、「座れ。」と言った。会は座った。座ってまもなく、沛公は厠へ中座し、樊○を呼んで自分は出て行った。

 樊○は沛公と同じことを繰り返して項王の説得に当たっています。筋の通った非難であるため、項王は返事が出来ないのです。沛公はとうとう逃げ出し、項王は彼を倒すチャンスを永遠に逃してしまったのです。
 数年後、いよいよ両雄の戦いが始まります。その最後の戦いは「四面楚歌」で学習しましょう。

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