『長恨歌』・現代語訳

〔第一段〕
漢の皇帝(実は唐の玄宗)は(もともと)美しい女性を愛して、国を
傾けるような絶世の美人を得たいと思っておられたが
御治世中、長い間、探し求めても得られなかった
(そうしたとき)楊という家に一人の娘がいて、やっと一人前に成長したばかりの年ごろであったが
奥深い女部屋の中で育てられていて、まだだれも知らなかった
しかし、生まれながらの麗しい姿態は、そのまま捨てておかれるはずもなくある日たちまち選び出されて、天子のおそばにお仕えすることにな った
(謁見の日)彼女がひとみを巡らせてにっこりほほえむと、この上ないなまめかしさが あふれ
奥御殿の、おしろいとまゆずみの化粧を凝らした多くの美しい宮女たちも、精彩がなくなって美しく見えない有様で あった



〔第 二段〕
春のまだ寒いころ、天子は楊貴妃に華清宮の温泉に入ることを 許されたが
温泉の水は滑らかで、引き締まった脂のような白い肌に注ぎかかった
侍女たちがそばから助け起こすと、なまめかしくなよなよとして立ち上がる力もないほどで
これが初めて天子の御寵愛を受けるようになったときのことであった
雲のように豊かな黒髪、花の開いたように美しい顔、そしてきらきらと揺れる黄金のかんざし(を挿した楊貴妃は)
蓮の花の縫い取りをした帳の中で暖かに、春の夜を(天子と)過ごした
春の夜の短く明けやすいのを恨みつつ、日も中天に上がってからお起きになるという有様で
これ以後、天子は早朝の政務をおとりにならなくなった
(彼女は)天子のお気に入り、宴会の席にはべり、少しのひまもなく
春は春の遊びのお供をし、夜は夜でただ一人でお仕えする
後宮には麗しい美人が三千人もいたが
その三千人に分けられるべき天子の寵愛を楊貴妃ただ一人に注がれた
黄金造りの御殿(楊貴妃の私室)で化粧を凝らし、なまめかしい姿で夜の宴の席にはべり
玉の高殿での宴が果てるころには、うっとり酔うて春の気分に溶け込む
楊貴妃のゆかりの姉妹も、みな貴族となって、領土を連ねて栄え
(そして)まあなんと(うらやましいことに)栄光は一門に輝いたのである
かくて天下じゅうの父母たちに
男を生むことを重 んじないで、 女を産むことを大事に思うようにさせてしまった


〔第三段〕
蔑山の一ふもとの一宮殿の高くそびえ立つ辺りは雲に突き入り
仙界の音楽のような妙なる音楽は風に吹かれてあちこちに聞こえている
緩やかに歌い、のびやかに舞い、琴や笛の調べを緩く奏でるさまを
天子は一日じゅう見ていても見飽きられることがなかった
そのとき突如として、安禄山が、漁陽から陣太鼓を打ち鳴らし大地を揺るがして攻め上ってきて
霓裳羽衣の天人の舞曲を楽しんでいるのを仰天させ た


〔第四段〕
奥深い宮城の中には今や煙と塵が立ち上ると
天子は多くの車と騎兵の大軍を引き連れて西南(蜀の成都)へと落ち延びて行った
かわせみの羽で飾った天子の旗は、ゆらゆらと揺らぎ、進んでは再びとどまって
都の城門を西に百里余りの出た所に着いた
ところが近衛の大軍はここからは進んでいかず、どうしようもなくて
まろやかな曲線を描く眉の美人の楊貴妃は天子の馬前で死んでしまった
花模様のかんざしは地に捨てられたままで、だれも拾い上げる人とてなく
かわせみの羽の髪飾りも、黄金造りの孔雀の形をしたかんざしも、玉で作ったこうがいも、同じく散乱したままである
天子は見かねて顔を袖で覆ったまま、救おうにも救えず振り返って見ると、血を交えた涙が流れるばかりであった

〔第五段〕
やがて 騒ぎが収まると、行列は、黄色い砂塵が一面に舞い上がり、風
が物寂しく吹く中を進んで雪行き、
雲に届くような高い懸け橋の曲がりくねった道を剣閣山へと登ってゆく
娥眉山のほとりの成都にたどり着くと、道行く人もほとんど無く
天子の旗も今は色あせて光なく、日の光までも弱々しく薄く感じられる
蜀の川は深みどりの色をし、蜀の山は青緑色をしており、それを眺めるにつけても
天子は朝な夕な、楊貴妃を恋い慕って悲しまれた
そして仮の御所で、月の光を見れぱ心を痛ませる御様子である
雨の夜に駅伝の鈴の音を聞くと、はらわたを断ち切られるような思いでいらっしゃる
戦乱が治まり、天下の情勢が変わると、天子は車を都に向け帰還されることになったが
途中馬嵬の地に差し掛かると、行きつ戻りつ立ち去りかねた
馬嵬の坂道のほとりの土の中には(楊貴妃が葬られ)
かつての玉のように美しい顔は二度と見られず、楊貴妃の亡くなった跡が空しく残っているばかりであった
天子も家来も互いに振り返りして、涙で旅衣の袖を濡らし
東の方、都の城門を望みながら、馬の進むに任せて力なく帰ってゆく

〔第六段〕
宮中に帰ってみると、池も庭も皆昔のままであり
太液池の蓮の花も、未央宮の柳も変わりなく
蓮の花は在りし日の楊貴妃の顔のようだし、柳の葉は眉のようで
これを見るにつけ、どうして涙のこぼれないことがあろう。涙を流さずにはいられなかった
暖かな春風に誘われ、桃やすももの花が開く夜
秋の雨に青桐の広葉が落ちるときなども(天子は楊貴妃を思い、特に堪え難い心情にかられる)
西の御殿も南の御所も、秋草が生い茂り
宮殿の庭に落ちた木の葉が階段の上に一面に散り敷いても、その紅葉をだれも掃除しない
かつて梨園で(舞楽を)親しく教えた弟子たちも、このごろめっきり白髪頭になり
若くして美しかった皇后の部屋の監督の女官もすっかり衰えてしまった
夜の御殿に蛍の飛ぶのを見てもしょんぼりと思いにふけり
ただ一つともっている灯火のしんをかき立て、それが燃え尽きても、目はさえて眠られない
時を告げる鐘や太鼓の音が遅く間延びして聞こえて、初めて夜が長く感じられ
やがてかすかにぼんやりと(輝く)天の川の空が早くも明けようとする
おしどりの形の屋根瓦は冷えて、霜の華は真っ白に重そうに厚く降り
かわせみの縫い取りのある夜着も冷え冷えとして、いっしょに寝る人もいない
はるかに遠く生と死の世界に別れてから、長い年月がたったが楊貴妃の
魂魄はこれまで天子の夢にさえ現れることがなかった

〔第七段〕
蜀の臨キョウの道士で、長安の鴻都門に身を寄せている者がいたが
彼は真心のこもった祈祷で死者の魂魄を招き寄せることガてきるとのことてあった
天子が楊貴妃を恋い慕うあまり、夜も眠られず寝返りばかり打っている、心に同情したので
(玄宗の側近は)彼に命じて念入りに(場貴妃の魂魄を)捜し求めさせることにした
その力士は大空を押し開くようにしながら、気流に乗って、まるで稲妻のように走り
天上に上り地下に潜り、残るくまなく捜し求めた
上は青空の果てまで、地はよみの国まで探し尽くしたが
どちらも広々として果てしなく、楊貴妃の魂魂を見いだすことはできなかった
そのうちに、ふとこんなことを耳にした、「海上に仙人の住んでいる山がある」と
その山は何もない広々とした所に在って
そこの高殿は麗しく輝き、辺りには五色の雲がわき起こり
その中にはたおやかな美しい仙女がたくさんいる
中に一人、字は太真という仙女がいるが雪のような白い肌、花のように美しい顔形は、楊貴妃にどうやら似ているのである

〔第八段〕
そこで力士は仙山を訪ね、黄金造りの御殿の西の棟に行って、玉の扉
をたたき案内を乞うて
出てきた侍女の小玉に、更に双成へと、順次に取り次がせた
漢王朝の天子の使者がやってきたと聞いて
いろいろの美しい花模様を縫い取りした帳の中で、夢うつつであった楊貴妃の魂魄はぱっちり目を覚ました
急いで衣を手に取り、枕を押しやって、立ち上がったものの、しばらくためらって、行きつ戻りつしたが
やがていくつも重なる玉のすだれ、銀の屏風が次々にずらりと押し開かれた
雲のようにふさふさした髪は、少し乱れて傾き、たった今眠りから覚めたばかりの風情で
花の冠も整えないまま、奥の部屋から階段を下りて現れた
風は仙女の袂を吹いて、ひらひらと翻って上がり
それはまるであの霓裳羽衣の舞をまっているようであった
しかし、その美しい顔はいかにも寂しげで、涙のはらはらと流れるさまは
まさしく、一枝の梨の花の上に、春の細かい雨がはらはらと降り懸かってぬれて
いるかのようであった
〔第九段〕
(楊貴妃の霊は天子恋しい)思いを込め、じっと見つめながら、天子
にお礼を申し上げて言った
「(馬嵬駅で)お別れしてからは、お声を聞くことも、お姿を見ることもできず、それらははるかに遠いものとなりました
生前、昭陽殿で受けた御寵愛も今は絶えてしまい
ここ蓬莱宮に来て、もう長い月日が過ぎ去りました
(仙宮から)振り返って下界の人間世界を望みましても長安は見えず、ただ一面塵やもやの立ち込めているのが見えるばかりです
今はただ昔をしのぶ形見の品によって、わたしの深い心の内を(天子に)お示し申したいと思います
それで(かつて天子からいただいた)青貝細工の小箱と黄金のかんざしとをことづけて持っていっていただきましょう
かんざしは一方の足をこちらに残し、小箱はふたとみの一方をこちらに残します
かんざしは黄金造りであるのを二つに裂き、小箱は青貝細工のを分けます
と言いますのは、わたしたちの心が、この黄金や青貝の堅いように、堅く思い合っていさえすれば
今は天上界と人間界とに別れて住んでいましても、いっかはまたきっとお会いできましょう。」と
方士が別れ去ろうとすると、楊貴妃の霊はまた丁寧に重ねてことづてをした
その言葉の中には誓いの言葉があり、それは天子と楊貴妃の二人の心だけが知っているものであった
それは、「ある年の七月七日、長生殿で
夜更けだれもいないとき、ささやき交わしたそのときの
『天上においては、どうか比翼の鳥となりたい
地上においては、どうか連理の枝となりたい。』というものであった」
たとえ天地は長く久しいといっても、いつかは滅び尽きるときもあろう
しかし、この玄宗と楊貴妃の相思別離の悲しい思いばかりはいつまでも続いて絶え果てるときがないであろう

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