『長恨歌』・語句の解説


重色−美人を愛し、大事にすることを言う。
傾国−絶世の美人。ちらっと振り向くだけで、一国の人を傾けなびかせるほどの美人。
御宇−「御」は治める。「宇」は天地四方を言う。
多年−長年。
楊家有女−楊という家に娘がいた。楊貴妃(719-756年)を指す。幼名を玉環と言い、早く孤となり、叔父の家に養われていた。才知に優れ、歌舞音曲に通じたので、玄宗の第十八皇子の妃として迎えられた。一方、玄宗は開元二十四一茎六一年、愛する武悪妃を亡くし、悶々の日を送っていたが、侍従長の高力士らの執り成しによって、楊貴妃を、一時女道士として太真宮に住まわしめ、道号を太真と与え、天宝四(745)年、迎えて貴妃とした。生まれ変わりの別人として迎えるための、人倫を憚った糊塗策である。時に貴妃は二十七歳、玄宗は六十一歳であったと言われる。
初長成−やっと大人になったばかりなのを言う。
養在深閨−深窓に育てられた。
難自棄−自然にほうっておかれるはずがない。世に知られないで、そのまま終わるはずがない。
一朝選在君主側−ある日、選ばれて君主の傍らにはべる。
迴眸−ひとみを巡らす。女のなまめかしいポーズである。
一笑−一度にっこりほほえむ。
百媚生−様々ななまめかしさの生ずること。
六宮−「九」が陽の数を代表するように、「六」は陰を代表する数である。陰は陽(正殿、すなわち朝廷)に対して後宮となる。
無顔色−精彩を失って、一向見栄えがしなくなる。
賜浴−華清宮の温泉に、特に浴室をしつらえ、入浴せよとのお沙汰をくださった。
水滑−温泉の湯のやわらかく滑らかなのを言う。
洗凝脂−「洗」は水が肌を洗う意。そそぎかかること。「凝脂」は白く固まった脂肪のこと。美人のきめ細かい、つやのある白い肌の形容。
侍児−侍女。
嬌無力−なまめかしくなよなよとしたさま。
恩沢−恵み。天子の愛情。
雲鬢−ふさふさとした美しい髪。毛髪の多く豊かなさまを、雲にたとえた。
花顔−花のように美しい女の顔。女の顔を花に例えた。
金歩揺−上部に珠玉が垂れていて、 歩みにつれて揺れ動き音を立てるところから言った。
暖−二人の仲むつまじく愛情のこまやかなことを表している。
苦短−短夜をかこつ。短過ぎる意。愛する人とともにいて楽しい夜なので短いと感ずるのである。
不早朝−天子は早朝に政を聞く。それ故、朝政を怠ることを、早朝せずと言う。古来天子は、早朝に、諸大臣、文武百官を広庭に会し、職務上の報告を受ける風習であった。「朝廷」の語もここに由来する。
承歓−貴妃が喜びを受ける意。
後宮佳麗−後宮の美女。
三千寵愛在一身−三千人の宮女に注がれるべき愛情を貴妃が独占したことを言う。
金屋−黄金で飾った館、楊貴妃の居る御殿の美称。

玉楼−玉で飾ったたかどの。りっぱな高殿。
姉妹弟兄皆列土−姉妹兄弟たちは、恩賞を受けて皆諸侯になり、領地を連ねる。
光彩生門戸−前句とともに、一門が栄光に輝いたのを言う。
遂令天下父母心 不重生男重生女−男が生まれるのを重んじないで女が生まれるのを重んずること。

驪宮−驪山は長安の東方にある。秦始皇帝崩じて、この山下に葬った。また温泉が出るので、玄宗は華清宮を建て離宮とした。
仙楽−仙人の音楽。この世のものとも思えぬ美しい音楽を言う。
凝糸竹−管絃の調べを、ゆっくり弾き鳴らすこと。
看不足−いくら見ても見飽きない。
魚陽−安禄山は、天宝十四(755)年十一月、漁場で反旗を翻し、十五万人を率いて南下した。
動地来−大地をとどろかして、都を指して攻め上る。
驚破−「破」は意味を強める助字。動詞の接尾辞として付けた「破」は皆強意のためである。「看破・読破・踏破」等。
霓裳羽衣曲−伝説によれば、玄宗が夢の中で月の都に遊び、天人の舞楽を見たが、たまたま河西の節度使、楊敬達が、インドバラモンの曲を献じた。それが玄宗の記憶に符合していたので、二つを合わせて出来上がったものと言う。恐らく西域から伝わった外来音楽であり、舞を伴ったもので ある。
煙塵生−戦火の煙と塵の生ずること。戦乱の及んだのを言う。
西南行−天宝十五(756)年六月十三日早朝、賊軍が長安に迫るという報に接し、玄宗は皇太子・楊国忠・貴妃、その姉妹を率い、蜀の成都を目指して落ち延びた。近衛軍三千がこれを護衛した。陳玄礼がそ司令官である。
行復止−行っては止まり、また行っては止まるというように、進んだり止まったりする動作 を繰り返すこと。
西出都門百余里−西の方を指して、一行が都城の延秋門を出てから、百余里の地点馬嵬駅に着いた。唐代の百里は、今日の、ほぼ五十六キロである。
六軍不発−今や近衛軍も進もうとはしないの意。「軍」とは、もと集合名詞、一万二千五百人を言う。馬蒐駅に着くと、空腹と疲労をなめた近衛軍は、この度の禍難は楊国忠の不徳の致すところと、先ず国忠を血祭りに上げ、続いて三国夫人にも及んだ。かくて最後に司令官の陳玄礼は、軍一同の意志を代表し、貴妃の命を頂きたい旨を帝に言上した。事ここに及んでは、いかんとも為すすべ術がなく、一軍の意に一任するよりほかはなかった。
宛転娥眉−「宛」は曲がる。「転」は回る。半円弓形に曲線を描く眉の形容。美 人を形容する。
馬前死−帝の馬前において、貴妃がみすみす命を絶たれたことを言う。貴妃三十八歳、玄宗七十一歳。
花鈿−「鈿」とは本来黄金や青貝などをちりばめて飾りとすること。
救不得−救おうと思っても救えない。
廻看−振り返って見る。
血涙相和流−血の涙を流すこと。悲痛の極に達すると、涙に血が交じると考えられていた。
少人行−人の往来のないこと。「少」は、ほとんどないという意。
旌旗無光−天子の旗の輝きのないこと。実際に旗が汚れ破れていることと玄宗の権威が消失した都落ちの悲しい行列であることを言う。
日色薄−太陽の輝きの薄れて見えること。
聖王−聖明な君主、玄宗を指す。
行宮−存在所、頓宮とも言う。
見月傷心色−月の色を見て心を痛ませること。
夜雨聞鈴−しとしと降る雨の夜に、駅伝の鈴を聞けば。雨の夜、行宮にあって駅伝の鈴の音に哀れを催すことを述べたのである。
天旋日転−天日旋転の意。世の情勢が変わって、世情は一変して、ということ。
竜馭−「竜」は、天子の象徴。「駅」は車駕、乗り物。
到此−「此」は馬嵬の、貴妃の殺された場所を指す。
躊躇不能去−心がひかれて立ち去れないのを言う。
空死処−(貴妃の玉の顔も、今や見るよしもなく)亡くなった跡を見るにすぎない。
信馬−馬の歩みに任せる。元気なくしおしおと帰るさま。
依旧−元のまま、昔のまま、である。
太液・未央−「太液」は太液池。「未央」は、未央宮。芙蓉如面柳如眉−はすの花は貴妃の顔のようであり、柳の葉は貴妃の眉のようである。
紅不掃−紅葉した落ち葉を掃くことがない。掃除する人もいない。寂しい日常を表している。
梨園弟子−玄宗は開元二年、禁中にあった梨園で、自ら楽士三百人を選んで歌舞・音曲を教習させた。
椒房−古く皇后の居室は、山椒の 実を土に
混ぜて塗ったところからこの名がある。山淑を混せたのは、芳香を放ち悪臭を払うとも、部屋を温めるためとも言う。
阿監−正しくは中監女史、監官とも言う。
青娥−「娥」は美顔を言う。「青」は、生き生きとした若さを形容する。したがって若く美しい人の意。
夕殿蛍飛−夕方の御殿に蛍の飛び渡るのを言う。

遅遅鐘鼓−独り寂しく、眠られぬまま秋の夜長をかこつ玄宗には、時を告げる鐘も太鼓も、いかにもテンポが遅く、のろのろと響くものとして受け取られた。
鴛鴦瓦−「鴛」はおしどりの雄、「鴦」はおしどりの雌。昔から仲の良い鳥として知られているが、この「鴛」と「鴦」とで一対の形を成す瓦を言う。
霜華−霜の花。真っ白く降った霜を花にたとえて言う。
翡翠衾−「翡翠」はかわせみ。翡一雄・翠一雌。雌雄相離れぬ意をとる。
悠悠生死−はるかに生の世界と死の世界とに別れていることを言う。「悠悠」ははるかに遠いの意。「生死」は生と死。「生」は玄宗、「死」は楊貴妃について言う。
魂魄不曾来入夢−貴妃の魂が一度たりとも玄宗の夢に入ってこないのを言う。夢に入るとは夢に現れること。唐代の人の意識では死者の魂魂がその肉体を離れてやってくると考えている。玄宗が貴妃の夢を見ることができないのは、貴妃が遠い世界にいるために玄宗のもとへ魂がやってこれないためである。
鴻都客−漢代、宮城に鴻部門があって、その内に図書館・学校もあった。ここでは鴻部門内に仮住まいしていた道士を指す。「
致魂魄−魂を招き寄せる。「致」は招致。「魂」は精神をつかさどるもの、「魄」は肉体を主宰する生気。
碧落−青々とした大空一帯を指す。
黄泉−古来、地下の黄色い水のある所は、死者の行く所とされた。黄泉の客。
両処−碧落と黄 泉とを指す。
皆不見−どこにも貴妃の魂の見当たらないのを言う。
忽聞−ふと耳にする。
仙山−仙人の居る山。
太真−貴妃が宮中に召されるに当たり、一時、女道士となっていたときの名。
参差−確とは定めがたいけれども、それらしい意。どうやら楊貴妃らしいの意。
金闕西廂−「廂」は、正殿の前の庭を挟んで、東西にそれぞれ設けられた建物のこと。「西廂」は西のひさ しの間。西廟や西堂は女性の居る所である。
九華帳−多くの美しい花の模様を織り出したとばり。「九」は多数を表した形容詞。
珠箔銀屏−「珠箔」は、玉で飾ったすだれ。「銀屏」は、銀の屏風。
新睡覚−ついさっき、睡りから覚めたばかり。「新」は、……したばかり、の意。
霓裳羽衣舞−霓裳羽衣の曲に合わせて舞う舞。
玉容−美しい顔形。
春帯雨−一枝の梨の花の上に一春の細かい雨がはらはらと降り懸かりそぼぬれている。「帯」はここでは、雨にぬれることを言う。

含情−思いを込める。
凝睇−じっと見つめる。
謝−お礼を言う。
両渺茫−お言葉もお姿も、どちらも遠く隔たって、接することができない。
蓬莱宮−蓬莱仙山にある宮殿。
人寰−「寰」は建物の周囲に巡らした垣根、転じて垣根の内部。したがって人間の住んでいる所が「人寰」、仙人の世界を「仙寰」と言う。
旧 旧物−宮中に召されたときもらった金釵・鈿合を指す。
鈿合−美しく貝をはめ込んで作った香盒。「盒」はふたのある小箱。
金盒−黄金造りの二股のかんざし。
似金鈿堅−金釵の金のように、鈿合の鈿のように(心を)堅く保っておれば、の意。
天上人間会相見−今は天上界(楊貴妃)と人間界(玄宗)とに分かれているが、いつかはきっとお会いできるでしょうということ。
臨別−方士が帰っていく別れ際。
重寄詞−貴妃が重ねて言葉をことづけたのを言う。
臨別−方士が帰っていく別れ際。
重寄詞−貴妃が重ねて言葉をことづけたのを言う。
七月七日−牽牛星と織女星が一年に一度巡り合う日。
私語時−二人がひそかにささやき交わしたとき。「私語」は他人に知られぬようにささやくこと。
天長地久−天地は長く久しく続く。
此恨−玄宗と楊貴妃との切なく満ち足りない恋心。「怨」と「恨」とを 対比した場合は、「怨」は対地的な恨み、「恨」は対自的、すなわち心残りがあって、痛々しい思いを指す。
綿綿−長く続いて絶えない有様 を表す。

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